ドイツ周遊8日間 ミュンヘン市内観光とダッハウ強制収容所 (ミュンヘン ③)
どもどもども
さて、早いものでミュンヘン最終日。
今日は、ミュンヘン市内を観光したのちダッハウ強制収容所に行ってまいりました!
たっぷり楽しんだので、いつもより写真多めの尺長めでお送りします!
さて、「観光するには早朝から」が旅のモットーですから7時半にホステルを出発し、早速マリエン広場に直行。
残念ながらこの日は雨時々曇りの予報。晴れは期待できなさそうです。
ホステルから10分歩くと、マリエン広場に到着。
昨日いっぱいいた観光客が嘘のように、人っ子一人いません!
新市庁舎が迎えてくれます。
できれば晴れてる時に見たかったですが、曇りの新市庁舎もなかなかダークな雰囲気を出してて良いじゃないですか!
良いですね〜
さてお次は、アザム教会に向かいます。
Google先輩は、アザム教会は7時から開いてると言ってたのですがこの日はバンクホリデーだからか、まだ開いてませんでした。
アザム教会はかなり楽しみにしてるところなので、少し焦らされた気分です。
気を取り直してミヒャエル教会に向かいます。
この時点で朝8時ぐらいでしたが、ほとんど人はいませんでした。
続いて向かったのは、玉ねぎの形で有名なフラウエン教会。
こんな感じ。ミュンヘンにある教会の中では、内装は地味な方です。
「悪魔の足跡」というのが有名らしいので中を二周したんですけど、結局見つからず…
午後にもう一度来ても見つけられませんでした。
どこにあったんだろう
続いて向かうのは、ぺーター教会。
マリエン広場が一望できる塔で有名です。
ただそれだけじゃなく内装も美しい。
この時点で9時前になっていたのでアザム教会にリベンジするも、またも撃沈。
「まさか今日は開いていないのか…」なんて絶望的な展開が頭をよぎります。
アザム教会を諦め、レジデンツに向かいます。
ここは旧宮殿として有名です。
その名に違わず、中は豪華絢爛でした。
ただあまりにも広すぎるので全部見て周ると2時間弱ぐらいかかります笑
でもそのぐらいの価値はあるぐらい素晴らしかった!
正直そんなに期待していなかったので、より良く感じることができました笑
(たぶん)全部の部屋を見てまわったので、ちょっと疲れ気味で外に出ると
今朝の雲が嘘かのような天晴れ!
アイルランドでは滅多にお目にかかれない太陽に感謝しつつ、11時から始まる新市庁舎の仕掛け時計のショーをペーター教会塔から見るためにダッシュで向かいます。
この時時刻は10時40分。ギリギリ間に合うか!?
ダッシュで行ったので10時50分にペーター教会に到着し、塔に登るためのチケットを購入(3ユーロ)。
急いで塔を目指そうとするも、
道幅せますぎ!!!
狭すぎるから前の人を抜かすことはできないし、下ってくる人たちと正面衝突しそうになるし、ととにかく大変でした笑
しかし上まで登りきると…
素晴らしい光景が広がってました。
しかもここで仕掛け時計を見るという最高の展開!走った甲斐がありました。
さてペーター教会を下ると、晴れバージョンの新市庁舎がお出迎え。
本当に新市庁舎は精巧につくられていて感動しっぱなしでずーっと眺めてました。
二度目の新市庁舎の後は、二度目のミヒャエル教会へ。
昨日も合わせれば三度目です笑
それぐらいミヒャエル教会に魅了されました。
当たり前ですが朝よりも人が増えていて、礼拝が行われていました。
僕はキリスト教徒ではないですが、中高カトリックの学校に通っていたのでそれなりに馴染みはあります。
ほとんどの日本人は無宗教だと思いますが、この事実を外国人に伝えると結構驚かれます。
初詣など、神社やお寺に行く機会はありますが信仰はしていない。
海外の教会に行くと、日本は少し特殊なんだといつも実感させられます。
もちろん、良い悪いの話ではないですよ。
さて、ミヒャエル教会を後悔がないよう十分に楽しんだところで、一度は諦めたアザム教会に再々チャレンジします。
三度目の正直となるか、二度ある事は三度あるのか…
開いてたー!
しかもめちゃめちゃ美しいー!!!
地味な外観とは真逆で、内部は相当美しかったです。
さて、この時点で時刻は13時過ぎ。
こんなに見てまわったのにまだそんな時間です。
やっぱり旅行においては、早起きが最強で最高。
お腹が空いたので、ドイツ名物ソーセージを食べようと、ヴィクトゥリアエンマルクトへ向かいます。
マルクトは英語でいうマーケット、つまり市場のことですね。
かなり賑わってます。
さてここでいただいたのは、
Curywurst!
大学のドイツ語の授業で出てきて以来ずっと食べてみたかった代物です。
ソーセージにカレーがかかっていて最高にうまい!そして最高にビールに合う!
辛そうに見えますが、辛いの苦手な僕でも美味しく食べれました。
辛い食べ物をビールで流し込むのは最高ですね、生きる糧です。
お昼休憩を挟んだ後は、ミュンヘンを出てダッハウにある強制収容所を訪れました。
マリエン広場駅から電車でダッハウに行き、そこからバスに乗り継ぎます。
合計1時間ぐらいだったかと思います。
ダッハウ強制収容所は、ナチスのホロコーストが行われた最古の強制収容所のうちの1つらしいです。
アメリカ軍が主体となって、第二次大戦後に収容されていた人々を解放したようです。
「働けば自由になる」
ご存知の通り、働いても働いても終戦まで彼らが解放されることはありませんでした。
収容された人々は全員頭を刈られ、広場に集合させられていたようです。
収容者らはこの時点において殺されるなどとは思っておらず、単なる労働力として集められたと思っていたようです。
このRoll Call、相当過酷なものでバラックで亡くなった人ですら、引きづられて「参加」させられていたようです。
ダッハウ強制収容所メモリアル博物館では、ダッハウ強制収容所の歴史とともに、ナチスとホロコーストの歴史、なぜホロコーストに至ったのかなどを、写真付きで説明しています。また、特定の時間にはドキュメンタリー映画を上映しているようです。
ナチスホロコーストの惨さ、そして戦争の惨さをまざまざと実感し、ただただ悲しく虚しい気持ちになりました。
「歴史」というのは、誰もがセンシティブになりがちなものなので深入りするのは避けますが個人的に感じたことを二点だけ。
まず、ナチスホロコーストに直接的には関係していませんが、第二次大戦時にドイツと同じ「枢軸国」側として戦争をしている日本国民として少し複雑な気持ちがありました。
なんとなく「敗戦国」側として同じ括りで評価されている気がしたのです。(もちろんこのミュージアムにおいて日本に関する主な言及はありませんが)
愚かなことをしたのは、過去の日本だって同じなわけで、終戦して70年以上経った今でも反省しなければいけないことだと思っています。
二点目は、ちょっとアメリカが礼賛されすぎている気がしたのです。
もちろん、アメリカ軍の功績を称えるべきだとは思います。ナチスホロコーストを集結させ、収容者を解放し、第二大戦にピリオドを打ったのは紛れもなくアメリカですから。
しかし、日本人として少し思ってしまったのは、アメリカ軍だって罪なき一般市民を、二度の原爆によって大量に虐殺しているじゃないか、ということです。
アメリカは、「戦争を集結させるためだった」と言いますが、本当にそれだけなのか?そこまでする必要があったのか?というのは、原爆について考えるときに僕がいつも思うことです。
ナチスホロコーストと原爆は同じ括りにはできませんが、アメリカの原爆は世界的にタブーなのか、そもそもこれが「悪」として捉えられていないのかはわかりません。
戦争に勝つことによってその時の責められるべき行動がスルーされてしまうのは何とも愚かで、悲しいことです。
まあ僕の主観は置いときまして、学ぶことが多かったです(当然ですが)。
歴史について学ぶことは、とても重要だと改めて実感しました。
さて、今日はミュンヘン市内観光とダッハウ強制収容所についてお伝えしました。
ミュンヘンは観光スポットが密集していてなおかつ全てが見応えがあるので、観光するには最高ですね。
時間がある方はぜひ、ダッハウまで足を運んでみてください。
明日は、朝4時のバスで、高校生の頃から生で観ることを夢見た『ケルン大聖堂』を観に、ケルンへと向かいます!
お楽しみに!
チュース!